―8の字公園公衆トイレ・藤白神社公衆トイレの設計監理を通して―

 公衆トイレ計画への要望は、"いたずらされる""汚される""夜シャッターを閉められるように" "頑丈なものを"などが多い。公衆トイレを見ればその国の"民度"がわかるといわれるくらい重要な施設で、地域になくてはならない身近な建物である。しかし日本では4K(汚い・臭い・暗い・怖い)と言われ、安心して使える魅力的な公衆トイレが少ない。これらの問題を解決するために機能的な平面計画、安全のための照明計画、維持管理を追及した設備計画を住民参画型で検討し、地域に根ざしたイメージを一新する自慢できる魅力的な公衆トイレを建設することによって「いたずらしたくなくなる」「住民の力で常にきれいに保ちたい」「安全である」施設の創造を目指した。

 八ノ字公園公衆トイレ建築場所は和歌山市和歌浦南に位置し、夏には多くの観光客で賑わう片男波海水浴場から堤防で仕切られた内陸側にあり、公園を利用する地域住民や一部の海水浴客も見込まれる。


八ノ字公園公衆トイレのコンセプト  八ノ字公園公衆トイレは、和歌山市和歌浦南二丁目の「八ノ字公園」内に計画された。手入れの行き届いた公園は、後方の片男波海岸を控えた堤防手前に黒松並木があり、和歌山の懐かしい海岸沿いの風景が残された場所である。「八ノ字公園」の名前の由来である砂場を囲う八ノ字型の園路と堤防との間が敷地であり、園路が囲う楕円形を意識しつつ、プランは女子トイレ・ゆったりトイレ・男子トイレをコンパクトにまとめている。楕円形の平面から曲面のフォルムが立ち上がり、外壁をアイボリー系の色調とし緑の芝生や黒松並木との調和を目指している。一方内部空間は白色円形のモザイクタイルをやわらかくうねった壁から天井にかけて貼りつめ、所々にアワビやナガレコの内面を見せて埋め込む。壁面の中に埋め込まれた円形ガラスブロックや円形窓、トップライトから届く光は内部を幻想的な空間にさせ、夜は内部の照明が暗闇に溢れる光を届けてくれる。イメージは片男波海水浴場にほど近い場所から生まれた海の中。


 県、片男波自治会、設計事務所で協議を重ね、プランを練り上げる。スタディ模型を使って自治会と自由にディスカッションし松並木の落ち葉の問題や歩道ブロックの範囲、清掃や維持管理の方法等さまざまな意見交換ができた。

 今回の設計において最も議論されたのは、いたずらへの対応である。自治会からの要望の中に、いたずらされ汚されるものなので、トイレは単なる箱で良いので、強いものをつくって欲しい。また出入口に夜間自動的に時間設定で閉まるシャッターを設置して欲しいなどの要望があった。箱でよいとの意見については、八ノ字公園の敷地にふさわしい魅力的なトイレをつくることによって、いたずらをしにくくする方向の提案を行い、また自動閉鎖のシャッターについては、技術的には可能であるが、システムの信頼性や安全性において採用せず、明るさを確保することによってその代替え的効果を期待している。トイレが安全でありいたずらを防ぐには、常に清潔であることが大切で、公衆トイレの清潔維持には、地域住民の協力が極めて重要である。今回自治会の理解により、八ノ字公園を日頃使われている二つの保育園・保育所の協力と自治会では"八ノ字会"を結成し、トイレの清掃に参加してもらえるボランティアの募集が行われ、既に10組以上のグループが組織されている。公共建築が行政から与えられたものではなく、地域住民と共に設計の段階からコンセプトを確認しあいながら進めることによって、自分達のトイレ意識が生まれた。
  片男波海岸における貝殻採取                   搬入白砂の中にまぎれている貝殻

  片男波海岸の貝殻                          勝浦で養殖されているヒオウギガイ
  ヒメツキガイやトマヤガイなど                     白・黄・橙・赤・紫などの色がある

 片男波海水浴場は、近畿を代表する海水浴場としてしられ、和歌浦湾に面した干潟、砂州は魚貝類が豊富で、アサリ、オキシジミガイ、カガミガイ、などがあり、またシオマネキなどの珍しい種類もある。このような地域性から片男波で得られた貝殻などを外壁や内部のモザイクタイルの中に貼ることによって、身近な存在になると考える。子供の頃、八ノ字公園公衆トイレの貝殻貼りをお手伝いしたことは、片男波の波音・潮香とともに大人になった時、懐かしいかけがえのない思い出となるであろう。建物にかかわった全ての人々の"思い"は必ず見えない力となって訪れる人に感動を与えるものと信じている。

 "いよいよ貝殻貼りをはじめます"                  34名の園児は元気良く説明を聞き、順番を待つ。

 "友達3人と仲良くこの辺に貼りましょう"              "どこに貼ろうかしら。よーく考えて"

 子供たちは行儀良く並び、コンクリートボンドを付けてもらった貝を何度も自分なりに壁に貼りつける。ある程度の波型のラインは明示しているが自由に大胆に貼っていく。子供たちのセンスはすばらしく、準備する大人は大変だったが、子供たちの笑顔がいい。

             後日補修を施す。

 公園を散歩する住民も多く、工事中の仮囲いの間から、外壁に貼られた貝殻が見えると一様に"ワーきれい"の言葉が聞こえる。きっと子供たち一人一人の思いと自然の中から生まれた五色の貝色が引力となって人々を感動させるのだろう。

内部のモザイクタイル(Ф19)を貼る段階で、ナガレコ、アワビをランダムに内壁に貼る。事前にアワビの殻をモザイクタイル1枚分程度にカットしておき、現場ではモザイクタイル1枚分を剥がして貼りこむ。

タイル貼りの職人さんは"40年間タイル貼りの仕事をやってきたが、こんな難しい仕事ははじめてや"と言いながらも見事に仕上げてくれた。

 八ノ字公園公衆トイレの建築過程で、子供たちの貝殻貼り実現の可能性についての県営繕課の担当者と協議を重ねた。片男波海岸での貝殻拾いから県養殖場の貝の手配、また実施当日の安全確保に多くの職員の協力を頂いた。工務店もさまざまな難しい要求に対して真剣に取り組み、各分野で職人さんの協力を得ることができた。中でも片男波自治会(玉置会長)の前向きな考え方に私達は大いに支えられた。保育園・保育所への説明にも同行して頂き、貝殻確保のために和歌浦の料亭・旅館の協力は大変ありがたいものであった。このプロジェクトは特殊なものではなく、通常の公共工事であり、関わる人々の少しの配慮と思いによって、住民参画が実現することをあらためて実感した。


 藤白神社公衆トイレも、「いたずらしたくなくなる」「住民の力で常にきれいに保ちたい」「安全である」施設を目指し完成し、既に1年が経過している。建築士として数ヶ月毎に屋根の落ち葉の清掃や安全面の経過をフォローしているが、きれいに維持され、大きな問題も発生していない。
 公共建築物への住民参画、街のオアシスとしての公衆トイレのあり方について共に考える良い機会であり、各公衆トイレの維持管理の経過はホームページで報告を行いたい。


公共建築物計画における地域住民の参画

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